MEMBER

バッテン・アイ    (ボーカル)

1978年8月29日生まれ おとめ座
RGBが1978年7月のL-MOTION九州大会予選に出場した、その翌月に生まれる。
高校までは佐賀県の片田舎で暮らし、その後、東京の大学を卒業
「ばってん荒川」のしゃべりに感動を覚え、ライブでは「お米ばあさん」のものまねを入れている。

チョッパー・ヤマ     (ベース)

1956年10月6日生まれ 
てんびん座
小学3年の時に、町内のコーラスグループに入り合唱を学ぶ。
その後、ベンチャーズやグループサウンズのエレキギターに魅せられ、アルバイトで貯めた金で、通販トムソンのレスポールタイプを購入し、ロックの世界にのめりこむ

ラスカル・ヨネ (ドラムス)

1956年7月21日生まれ かに座
中学2年の頃、兄の友人からベンチャーズの「ダイアモンドヘッド」の完コピを聴かされ、ロックに目覚める。
高校の新入生オリエンテーリング時に、チョッパー・ヤマとロックの話しで意気投合!
その後、兄の友人より中古のドラムセットを譲り受け猛練習を行い、バンド活動を始める。

カルロス・タケ     (ギター)

1956年2月10日生まれ  
みずがめ座
小学5年の時、花見で見た地元のグループサウンズのエレキギターに魅せられ、その思いのまま大人になった。GSは好きだったが、その後のフォークブームには興味を示さなかった。
根っからのエレキ好きで、以後ハードロックに取りつかれることになる。

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BIOGRAPHY

1971

ヤマとヨネは高校の新入生オリエンテーリングで出会い、R&B、ハードロックの話しで意気投合!ヤマはヨネが中学時代からやっていたバンドに参加し、バンド活動をスタート!

一方タケは、高校受験の頃からラジオの深夜放送でロックを聴くようになり、特にディストーションギターに興味を持った。

ギターはフォークギターでロックのリフをつま弾く程度だった。エレキを買ったのは大学入学直後、グレコのレスポールタイプで当時はまだバンドという意識はなかった。

1975

この頃、タケはクラスの竹田君の紹介で、ヨネと出会う。丁度、昼休に大学構内学食前のテラスで、学生ロックバンドがライブをやっている最中だった。ヨネがこの曲は、「フリーのザ・ハンター」だとさり気なくに言ったことに、タケはリスペクトの念をいだいた。ある日、ヨネが高校時代の親友ヤマを連れてきて3人が顔を合わせ、バンド結成の話しを行なう。

1976

バンド結成!

当初、ヨネの自宅2階で練習していたが、音が大きく迷惑をかけるので、小倉竪町のヤマハ小倉シヨップのスタジオで練習することになった。

ヨネ宅で、ヨネのお母さんに振舞ってもらった、カレー炒飯の味が忘れられない!当時は、フリー、GFR、サバス、パープ ル、ヒープのコピー曲が主体だった!

1978.7

ヤマハ主催 第5回 L-Motion Rock九州大会予選(ヤマハ小倉ショップ)に出場エントリーNo.10イントロはジミヘン風にアレンジした国家「君が代」〜ブラックサバス「パラノイド」、フリー「フャイアー&ウォーター」ディー プパープル「ブラックナイト」の3曲を熱演!

1978.8.29

バッテンアイ生まれる。

1979.4

就職により、バンドは休眠(25年間)

1995

バッテンアイは、高校の文化祭で「THE YELLOW MONKEY」の曲を披露!

2001

カルロスタケとバッテンアイは長崎の職場で知リ合い、ロックバーなどで音楽の話しに夢中になる。

2003.12.10

タケは「外道」復活祭ライブ'03

長崎DRUM Be-7 に行き、ギタリスト加納秀人の生き様に感銘を受け、バンド復活を考えるようになる。

ライブのオープニングアクトは「思案橋ブルースバンド」で、ドラムはピエールヤンカーが担当していた。

この頃、学生時代には、買えなかったギブソン、フェンダーUSAのギターを購入!

2004

3人のメンバーはアラフィフにさしかかっていた。(48才)

ヤマからの連絡で、スコーピオンズ福岡公演(2004.9.24福岡市民会館)に行くことになり、再会を果たす。

その後、イオンモール直方島村楽器スタジオなどで練習、また、ジューダス、サンタナ、パープル、ジェフベックなどライブに行き、交流を深める。

2005

ヤマが長期出張(2005秋〜2006.3)で長崎の現場を担当。長崎のタケがギターを持って宿舎を訪れ、ロック談義を行ったり、ライブハウスに行ったりと貴重な時間を楽しんだ。また、2006.1.29長崎NCCスタジオで開催された「Char 天邪鬼 ライブ」を見に行った。

2005.7.29

長崎ブリックホールで開催された、サンタナ、ハンコック、ショーターのコンサート(広島・長崎被爆60年コンサート)を見るため3人が集まる。コンサートまで時間があったので、長崎ホンダ楽器のスタジオで練習を行った。コンサート後にライブバー「ChezBonzo (ピエールヤンカーの店)」に行き、サンタナカバーバンド・マリバスのギタリスト「カルロス田口」の演奏を楽しんだ。翌日、サンタナらが献花し祈りを捧げた「原子爆弾落下中心地碑」を訪れ、愛と平和を誓った。

2010

タケが福岡勤務となり、バッテンアイの職場と近かったので、頻繁に話しをするようになり、バンド加入を勧める!

その後、バッテンアイ(当時32才)は、 7.31博多オクターブスタジオでの練習から正式にメンバーとなる。スタジオで、ロイブキャナンがカバーしていた、ブッカーTのインストナンバー「グリーンオニオン」にトライ。練習中にバッテンアイが突然バナナの歌詞をつけて歌い出だしたのがバカ受けで、オリジナル曲にしてオヤジバトルにエントリーすることが決定!

2010.9.11

オリジナル「バナナの叩き売り」を博多オクターブスタジオで収録!  NHK第14回熱血オヤジバトルにエントリー、西日本ブロックネット投票第9位(126バンド中)だった。

2010.11.19

エントリーやネット投票で応援いただいた知り合いを招いて、博多オクターブスタジオで、ミニライブを開催! 

スペシャルゲストとしてスタジオスタッフ宮田 学氏(ドラム)参加

2011 

オリジナル「INTO THE FIRE」を博多オクターブスタジオで収録! NHK第15回熱血オヤジバトルにエントリー

2011.11.26

シンガーソングライター池端克章さん (Raffaello)大阪のミュージシャンMASAさんとのジョイントライブを普蓮堂 RIBIINにて開催。オープニングアクトをつとめ、ライブ後にジャムセッションを行った。

2012.11.3

オリジナル「FLY AWAY」を博多オクターブスタジオで収録! NHK第16回熱血オヤジバトルにエントリー

2013.9.28

オリジナル「メチャ・ハッピー」を博多オクターブスタジオで収録! NHK第17回熱血オヤジバトルにエントリー

2015.3.14

ライブバー「CRY BABY」ライブ

エコ農園ライブの前哨戦として開催

2015.3.28

エコ農園ライブ 福岡西区 北崎シーサイドエコ農園お別れコンサートとしてビートルズバンド「フォーユーブルー」とジョイントライブ!

2015.10

門司港レトロライブで着る、バナナ色のハッピを作成

2015.11.14

門司港レトロライブに向けたリハーサルライブを開催!ヤマの家族、小林さんら関係者を集め、本番さながら40分のライブ(福岡天神ミュージックスタジオ「MRT」)

2015.11.29

門司港ロックバンド「MAMA」の田中さんの勧めで、門司港ミュージック&パフォーマンス2015に出場!

門司港レトロ中央広場メインステージで本格的野外ステージに参戦

2016.2.13

結成40周年記念&カルロスタケ還暦ライブを開催。関係者を招待し、双子座、MAMAのメンバー、小林さんが参加して盛大に行った。(門司ブリックホール)

2016.7.23

フォークデュオ双子座さよならライブ友情出演

(門司港HARD ROCK BAR ZEPPELIN)

2017.4.16

沖縄伝説のハードロックバンド「紫 」のドラマー・ボーカル、宮永英一氏のライブ後に行われた、地元バンドとのセッション大会に参加!

(門司港HARD ROCK BAR ZEPPELIN)

2018.8.25

ストーンズ等のカバー曲練習(小倉あるあるシティ、スタジオ サウンドブギー)終了後「益正」で食事、その後ロックバー「レモンソング」に行き、仕上げライブ!小林さん参加、途中バッテンアイが帰宅し、ヤマの友人、村口さんが来店!

パラノイド、ジャンピングジャックフラッシュのボーカルを務めていただいた。

2019.4.27

門司港大連航路上屋ホールで、5月の創立パーティに向けたリハーサル実施!ヤマさんの家族、MAMA田中さん、松本さんにチェックしてもらいアドバイスを受けた。福岡から小林さんも参加!夜、ヤマ宅にて反省会開催、大いに盛り上がった!

2019.5.10

リアルライフ長崎創立10周年記念パーティで演奏(サンプリエール長崎200人規模の披露宴会場)出席者130名

小西さんにサウンドチェックを依頼ライブ後、ロックバー「ピエールヤンカーの店」で打ち上げを行った。

2023.8.19

RGBの思い出づくり修学旅行として、祝・日比谷野音100周年 再現1977 日本のロックの夜明け前Live観戦『CHAR/BOWWOW G2/紫』出演

Live後、神田のミュージックバー「Dining & Music BAR音STAGE」に移動、20代の若手ミュージシャンの前で、スモークオンザウォーター、パラノイド2曲を披露、ボーカルは若手ミュージシャンにとっていただいた。


2015年40周年を迎え、今後のLive活動を盛り上げるために、オリジナルTシャツと黄色のハッピを制作!
RAN GILLAGIN BAND 
40THANNIVERSARYと刻んだ。